☆大垣城の歴史を訪ねる。
☆東御門
☆天守閣
☆大垣城絵図
☆甲冑
☆鉄砲
☆大垣城
通称 麋城、巨鹿城
城郭構造 連郭輪郭複合式平城
天守構造 望楼型(1594年築)
複合式層塔型3重4階(1620年改)
(RC造外観復元・1959年再)
築城主 伝・竹腰尚綱
築城年 伝・明応9年(1500年)
主な改修者 氏家直元、伊藤祐盛
主な城主 竹腰氏、氏家氏、伊藤氏、
岡部氏、松平氏、戸田氏
廃城年 明治4年(1871年)
遺構 石垣、曲輪
指定文化財 なし
再建造物 天守・乾櫓・艮櫓(外観復元)・門
☆大垣城は、宮川氏築城当時は、牛屋川を外堀の代わりに利用し本丸と二ノ丸
のみのであったという。氏家氏、伊藤氏によって改築が加えられたとされ、
1613年(慶長18年)には石川忠親によって総堀が加えられ、松平忠良が天守
を改修した。その後1649年(慶安2年)に 戸田氏鉄によって明治に至る姿と
された。
戸田氏改修後は並郭式に本丸と二ノ丸を並べ、その周囲を三ノ丸で囲い、
更に外周は惣構としていた。本丸には北西隅に4重4階(3重4階とも)の複合式
層塔型天守を上げ、3重櫓1基に2重櫓を3基、二ノ丸に月見櫓など3重櫓を4基、
三ノ丸には2重櫓4基、平櫓1基などが建て並べられ、本丸に2つ、二ノ丸に1つ、
三ノ丸に大手門など大小5つ、外郭に南大手門など大小7つの門が開かれていた。
☆日本の「城」巡りTOP


